- 犬の長期記憶について
- 模倣学習
- 叱る必要性の有無
- 記憶の種類
大阪で活動している認定ドッグビヘイビアリストです。
南イリノイ大学で犬猫の基礎栄養学~臨床栄養学を学び、総合栄養食の手作り食レシピ作成も行っています。
たまに、SNSなどで犬のトレーニングの解説で
「犬が悪さをしたら、その直後に叱らないといけない!」
といった主張を見かけます。
ある記事では、犬は記憶力が悪いから、すぐに叱らないと忘れてしまうと書かれています。
ほんとうに、犬は数秒前の出来事しか思い出せないくらいの記憶能力なのでしょうか。
今回は「犬の記憶力はほんとうに悪いのか」皆さんにシェアしたいと思います。
◎ワンポイント
犬が好ましくない行動をしたときに、叱る(大きな声を出して威圧する)ことは、犬の行動を変える上で効果的な方法ではないため、推奨しません。
犬の行動を変えたいときは、まずは「環境」を調整したうえで、正の強化をベースとしたトレーニングが有効的です。
効果的なトレーニング方法≫
目次
記憶の種類
すぐに犬を褒める必要があるのは、犬の記憶力が悪いから?
これを知るためには、犬の記憶について知る必要があります。
では突然ですが、記憶にはいくつかの種類があるのをご存知でしょうか。
以上のように、記憶は主に3つに分類することができます。
感覚記憶
感覚記憶は、その名の通り、主に感覚による記憶のことを指します。
視覚、聴覚、嗅覚などによる非常に短い記憶のことです。
私達の身の回りには、常に多くの情報が溢れています。
ただ、ほとんどの情報は生存していくうえで重要な情報ではありません。そのため、ほとんどの情報は短時間だけ保存され、すぐに消えていきます。
例えば、私たちが道を歩いているときに、すれ違う人々の顔は目で見えているはずなのですが、5秒後にその人たちの顔を思い出そうとしても難しいでしょう。これは、「感覚記憶」 として処理されているからです。
感覚記憶の多くは、情報が脳に入ってから約1秒後に失われるといわれています。
ただ、もし情報が「何らかの意味のあるもの」と脳が認識した場合は、次の「短期記憶」の段階へ送られます。
短期記憶
短期記憶は、一時的に必要な情報を保存し、その情報をすぐに使う場合などに使用されます。
記憶時間は約10秒~15秒、長くても1分程しか保存できないと言われています。
例えば、電話番号を暗記して、電話をかけたとします。ただ、その電話番号を1時間後に思い出そうとしても、なかなか思い出すことが難しいでしょう。これは、「短期記憶」として脳が処理しているからです。
記憶の必要性が高いと脳が判断した場合、次の「長期記憶」の段階へ送られます。
長期記憶
長期記憶とは、言葉の通り長期に残る記憶のことです。
一般的に記憶と呼ばれるものは、この長期記憶のことで、半永久的に残ると言われています。
例えば、人間が言葉を使って会話することが出来るのは、言葉の音とその意味を関連付けて長期的に記憶することが出来るからです。
ちなみに、長期記憶を細分化すると、いくつかの種類があります。
・経験に基づく「エピソード記憶」
・言葉の意味や知識などの「意味記憶」
・自転車の乗り方や楽器の弾き方など動作として身に付けた「手続き記憶」
などがあります。
長期記憶:エピソード記憶
上記でご紹介したとおり、長期記憶の1つにエピソード記憶というものがあります。
これは、長期的に脳に残り、経験した出来事に関する記憶のことです。
経験をしたときの周囲の状況、そのときの感情もエピソード記憶に含まれます。
例えば「5年前にハワイ旅行に行った」という記憶はエピソード記憶に分類されます。
人間の場合は「言葉」によって相手に過去にあった出来事を伝えることができます。
そのため、エピソード記憶を保持しているのか否か、簡単に分かります。
しかし、動物は言葉を話すことができません。
そのため、エピソード記憶を保持しているのかどうかを判別することが非常に難しいとされてきました。
犬に長期記憶(エピソード記憶)はあるか
ハンガリーのエトヴェシュ・ローラン大学で犬のエピソード記憶を証明する研究が行われました。
研究では、まず初めに犬に「人の行動を真似をして」という指示(キュー)を教えました。
犬が人の行動を模倣するトレーニング
人が特定の行動をした直後に、犬がその行動をマネするようにトレーニングのことを「Do As I Do」と言います。
例)人がその場で一周クルっと回ると、その直後に犬もその場で一周クルっと回る。
参考)Do As I Do
このトレーニングを17頭の犬に実施しました。
まずは、 犬に「人の行動を真似をして」という指示(キュー) を完全に理解させます。
そのあと、人が特定の行動を犬に見せてから「真似してごらん」という指示(キュー)を出すまでの間に、1分間と1時間のインターバル(空き時間)をおきました。
結果、1分のインターバルでは、100%の成功率でした。
一方で、1時間のインターバルでは、83%の成功率でした。
※インターバルの間は、犬は車に入れる、犬小屋に入れる等する。
時間が経つにつれて記憶の精度は落ちるものの、きちんと犬にも長期記憶があることが証明されました。
まとめ:犬は本当に忘れっぽいか?
上記で紹介した研究によって、犬はけっして忘れっぽくないことが証明されています。
では、犬は長期記憶を持っているにも関わらず、なぜ好ましくないことをした直後に叱らないと理解できないと言われるのでしょうか。
これは結論から言うと、人と違い犬は「言葉」でコミュニケーションをとらないことが原因であると言えます。
~人の例~
あなたが急に言葉が全く通じない国に連れて行かれて、現地の人の家で生活するとします。
あなたが朝起きて、顔を洗っているときに、現地の人がいきなり大きな声で怒鳴ってきたら、あなたはどう思うでしょうか。
怒鳴られる直前の行動である「顔を洗う」ことに対してだと解釈してしまいませんか。
では犬の例を挙げてみます。
例えば、犬が留守番中にカーペットをボロボロに噛みちぎっていたとします。
くたくたになって帰ってきたあなたは、ボロボロのカーペット見て、犬を叱るかもしれません。
しかし、このように犬を叱ったとしても犬はなぜ叱られているのか理解するのは難しいでしょう。
なぜなら、仮に犬が「カーペットを噛みちぎった」というエピソード記憶を保持していたとしても、飼い主が帰ってくるまで家を荒らす以外に他のこと(寝たり、走ったり)もしているため、飼い主が何に対して叱っているのか判断することができません。
そして、突如叱られた犬は、その直前に行っていた行動と飼い主からの罰を結び付ける可能性が非常に高くなります。
以上のことから、犬は好ましくない行動の直後に叱らないと理解することが難しいと言えます。
▼関連記事
犬の吠え、ダイエットの失敗…三項随伴性を知れば行動の疑問がとける!犬は人と「言葉」を用いてコミュニケーションをとれないことから、このような誤解が生まれてしまいます。
人と犬では過去の物事を正確に共有するコミュニケーション手段がありません。
そのため、その場・その瞬間に、人が犬に伝えなければ、犬は理解することが難しいでしょう。