私は犬の栄養学を学ぶにあたり、人の栄養学も併せて学びました。
そして、人の栄養カウンセリングを専門的に行っている素晴らしい方々から、食事(栄養)を変えることで行動が変わる症例をたくさん教わり、当時は衝撃を受けました。
例えば、「食後の急な眠気により仕事がはかどらない」、「意味も無く不安になってしまう」、「PMSでイライラしてしまう」…
これらは、食事(栄養)を改善することで、大幅に改善できる可能性があります。
今回は、犬における栄養と行動のつながりについてご説明したいと思います。
目次
健全な脳は腸が重要
まず初めに、行動はどのような要素から影響を受けるでしょうか?
行動は、主に「内的要因」と「外的要因」の2つの要素から影響を受けます。
「内的要因」とは体の中からの働きかけのこと、つまり「化学伝達物質(ホルモンや神経伝達物質)」などのことを指します。
化学伝達物質は、体内で様々な働きをします。これらの働きの1つに「感情を生み出すこと」が挙げられます。
感情を生み出す化学伝達物質
・ドーパミン
・GABA
・チロシン
・セロトニン(トリプトファン)
…このほかにも沢山!
これらの化学伝達物質が生み出す感情は皆様もお気づきの通り、行動と密接に関係します。
健康な脳は腸から始まる
上記のような化学伝達物質は、腸内が健康な状態であれば、効率的に働きかけることができます。
一方で、腸内(腸内細菌叢)が乱れていると、犬を含む実質的にすべての動物で心理的・行動的に悪い影響が出るという研究結果が出ています。
因みに、特定の添加物やグルテン(小麦)などは、腸壁を荒らす作用があります。
ドライフードには、添加物が多く含まれているものもあります。また、ドライフードは高炭水化物のものが多く、血糖値スパイクの懸念があることからも、行動面・健康面において注意が必要であると言えるでしょう。
では、栄養と行動の関連が示唆されるいくつかの研究をご紹介します。
・Mugford(1987)が行った研究では、8匹の興奮が高いゴールデンレトリバーの食事を「市販のドライフードや缶詰」から「牛肉と米を使った調理食」に変えました。その結果、犬の行動に改善が見られたことを発表しています。
著者は、愛犬の行動に問題がある飼い主は、犬の食餌を市販のペットフードから家庭で調理した食事に移行させるべきであると結論づけています。
・AndersonとMariner(1971)は、好ましくない行動を示す犬100匹を調査した結果、そのうち86%が市販のドライフードを食べていました。そこで、犬達には新鮮な肉(内臓、牛肉、鶏肉、トライプ)と野菜を自由に食べさせました。また、生の骨は週に2〜3回与えました。その結果、飼い主は愛犬の「劇的な」改善を報告しました。
著者らは、適切な食事療法(多動症の場合は運動制限と組み合わせる)は、「さまざまな行動の問題を改善する上で、明確に効果がある」と結論付けています。
・Hoffmann LaRoche (1995) は、6カ月保存されたドライフードの栄養素を調べると、「ビタミンB1が57% 以上、ビタミンB2が32% 以上、ビタミンB6が89%、ビタミンB12が34%減少していることを発見しました。
※ビタミンB6は、トリプトファンがセロトニン(精神を安定させる働き)やメラトニンに変換するために必要です。また、他のビタミンB群は、ビタミンB6を効率的に吸収するうえで必要不可欠です。つまり、ビタミンB群は精神を安定させるために、とても重要であると言えます。
・Reら(2008)による攻撃的なジャーマン・シェパード18匹を対象とした研究では、オメガ3の濃度が低く、オメガ6の濃度が高いことがわかりました。また、Hadleyら(2017)の研究では、市販のドライフードの1/4はオメガ3であるEPAとDHAがゼロまたは実質ゼロであることを発見しています。
※オメガ3(EPAやDHA)は、正常な脳の発達に不可欠で、ドーパミン神経伝達の調節などで重要な役割を果たします。オメガ3が欠乏した食事をラットに食べさせることで、攻撃性やストレス行動を引き起こし、学習能力も低下したといった研究もあります。これは、犬も同じあると言えるでしょう。
この他にも、ご紹介しきれないほど「栄養と行動」に関連性がある可能性を示唆する研究はあります。
まとめ
犬の行動改善に取り組むうえで、行動分析学などを活用しながら、行動の「結果」に注目し、行動を変えるのはもちろん効果的な方法です。
但し、私の今までの経験上では、特に異食症(食糞を含む)は「行動」だけに着目し行動変容アプローチを行うと改善が非常に難しい一方で、栄養アプローチを行うだけでスムーズに行動改善できる傾向があります。
また、食物関連性攻撃行動(フードアグレッション)も栄養アプローチを複合的に取り入れることで、改善がスムーズに進む傾向があります。
このほかにも、過剰な興奮を示す犬が炭水化物の含有量が多いドライフードを食べている場合は、質の高いタンパク質・低炭水化物の食事に切り替えることで「愛犬の興奮が下がりやすくなった」とのご報告を何件も頂いています。
栄養は感情、そして行動に大きな影響を与える可能性があることから、行動改善を行うためには栄養アプローチも非常に効果的であると言えるでしょう。
参考文献リスト
・Anderson, G. and Mariner, S. (1971). The Effect of Food and Restricted Exercise on Behaviour Problems in Dogs. Canine Academy, KwaZulu Natal, South Africa; Zoology Department of the University of Durban-Westville, South Africa
・Hadley, K.B., Bauer, J. and Milgram, N.W. (2017). The oil-rich alga Schizochytrium sp. as a dietary source of docosahexaenoic acid improves shape discrimination learning associated with visual processing in a canine model of senescence. Prostaglandins, Leukotrienes and Essential Fatty Acids, 118: 10–18
・Hoffmann LaRoche, F.T. (1995). Paper presented at the Science and Technology Center, Hill’s Pet Nu-trition, Inc, Topeka, KS, on “Vitamin stability in canned and extruded pet food”. Cited in Hand et al. 2010, Chapter 8.
・Mugford, R.A. (1987). The influence of nutrition on canine behaviour. Journal of Small Animal Practice, 28: 1046–1055
・Re, S., Zanoletti, M. and Emanuele, E., (2008). Aggressive dogs are characterized by low omega-3 polyunsaturated fatty acid status. Veterinary research communications, 32(3), pp.225–230 25.